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2020年7月29日 (水)

優勝の前と後

 書店に行ったら、毎日新聞に連載されている数独の本がニコリから出ているのを初めて知りました。

 しかも、もう2巻ではないか。

 さて、パソコン通信で、誰かの書き込みに私がコメントをつけていました。元の文章の筆者が確認できませんでしたが、本も出している有名クイズ王のように思います。

――――(ここから当時の引用)――――

|いまから17年前の2月20日放送のアタック25が私の初勝利でした。
|しかし前回のグランプリで負けたことをさんざんけなした大学のやつらは、
|今度は知って知らぬふりをしました。親戚は「あんなのに勝って偉いわけで
|はない」といい出しました。ここから私の卑屈なクイズ人生が始まったのです。

私は高校生クイズに第2回から出て、負け続けていました。
私がクイズの勉強をしていることはいつの間にか周りに知られていて、
同じ学年の中では、高校生クイズで優勝しようなどと本気で考えている
狂気の人間という評価が定着していました。
図書館でたまたま旅行案内の棚の前に立っていると、
「優勝のアメリカ旅行をとるつもりでおるんか」とからかわれたことも
ありました。

第6回で本当に優勝してしまい、私(のチーム)をバカにしていた
人たちはプライドを傷つけられたようです。
優勝すると今度は、単に運がよかったとしか言われません。
また、番組に出たことのない人はみんな、もし自分が出ていたら
優勝できたという錯覚を抱くようです。

しかし彼らは外の世界では、我々をさんざん利用していたらしいです
(合コンで高校生クイズのネタを出して興味をひこうとするなど)。
その後できた東大寺学園クイズ研究会は、第6回の優勝を
自分たちの手柄のように語っていました。

私は、高校生クイズで優勝したことより、それまでの
虐げられた生活の方が、自分の人生にとってよほど意義のあることだと
思っていますが、番組出演でも講演でも、こういうことを
語る機会はありません。

――――(ここまで)――――

 「俺たちも高校生クイズに出てたら優勝できたのに」とは、他のメンバーも言われたと言っていました。
 東大寺学園クイズ研究会は第7回のときにできたもので、私は一切かかわっていません。

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