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2020年4月14日 (火)

改めて15回四国岡山大会(その1)

 指摘がありました通り、間違えて14回四国を載せていました。実は私も、この話は過去に書いた気がするのだがと思いながらやっていました。パソコン通信時代の掲示板の文章をすべて残していた人がいて、その提供を受けていますが、まず当ブログで過去に「15回四国岡山大会」というタイトルがないことを確認して、次にパソコン通信の文書ファイルを検索する際、「15回四国」でヒットした部分の私の文章を載せたところ、その掲載日が1994年であったことを確認していませんでした。ちなみにこの続き、志度(現さぬき市)でどうなったかというのは、「14回四国岡山大会」で検索すれば読めます。過去に、23回仙台大会か何かでもこれをやらかしましたね。

 で、改めて15回四国について書きます。

――――(ここから当時の引用)――――

 今回の参加規定書には、四国の会場が「伊予三島」と書いてある。通常は、会場のある県の県庁所在地の名前で代表させるのだが、「松山」と書くと、徳島とか岡山の人がそもそも応募しなくなると考えたのか。南海放送の担当する予選は、テレビ岩手と同様、毎回異なる市でやる。4回が今治、9回が西条→今治、10回が北条→松山、13回が新居浜。そして今回が伊予三島である。

 7月30日、「ムーンライト松山」で伊予西条まで行き、普通列車で折り返す。時間的には、参加の高校生がたくさん乗っていてもおかしくないはずだが、まったく見かけない。本当に予選が今日なのか不安になる。13回の中部で、会場に行ったら何もなくて、1週間後に延期されたのがわかったということがあった。

――――(ここまで)――――

 このころはまだ、なるべく違う会場でやろうとしていたのがわかります。そして、四国の第1会場を松山市にすると地理的に他県から参加しにくくなるのでやっていないと思いますが、北陸の会場を端の端の新潟市で毎回やるようになったのは、これより後の回からです。

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