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2014年5月24日 (土)

関西クイズ番組史(その15)

 先々週の土曜日の昼にやっていた「林先生が初耳だった!1億人のお宝雑学」の録画を見ました。こういう番組を毎日放送でも同じときに放送するとは珍しいと思ったら、毎日放送制作でした。
 視聴者から投稿された雑学を聞いて、林修が知っていたと主張するときは自ら説明しないといけないのですが、「志賀直哉の『網走まで』が好きで、これに関して網走のことをいろいろ調べていてたまたま引っかかった」などと言っていました。これって昔の高校生クイズで「漢和辞典を読むのが趣味で」とか言わせるのと同じではないか。「他の番組で見ました」とは言えないんでしょうね。
 振った炭酸飲料を10秒で噴き出さないようにする方法というのをやっていましたが、「ためしてガッテン」が推奨しまくっている(20周年特番のエンディングで取り上げたり別番組に出張してまで紹介)別の方法で解決したらどうなっていたでしょうか。そういえば、やはりスタッフに高校生クイズ関係者がいました。

 それでは紅鶴です。司会が、アタックで答えるときは人名だと敬称をつけたくなると言います。亡くなった人を答えさせる問題は出さないそうです。有名人の死去のニュースをフリにしてその業績を聞くことはあるが、「亡くなったのは誰でしょう」と人名を直接聞くことは絶対にしないということです。
 見ていてちょっと出たいとは思わせたいといいます。赤ちゃんが泣いて収録中止になることはよくあるそうです。

 司会が、児玉清の飴配りについて聞きます。「なんでやろうね、あれ」。世間では美談のように言われていますが、意図がわからないそうです。ところで、岡村隆史が、児玉清の飴が欲しいから観客席に座っていいかと電話してきたことがあるそうです。観客席に岡村がいたら目立ちすぎるということで断ったらしいですが。あと、博多華丸が出た回は福岡では視聴率が19%台だったそうです。この後、児玉が気が短い。

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