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2012年9月 1日 (土)

日本文化としてのクイズ

 昨夜のTBSラジオの「LINDA!」のテーマは「高校生クイズの全国大会に出場した人と話したい!」でした。該当者3人に電話がつながって(放送後にもう1人、ポッドキャストになっている)、アンタッチャブル柴田が動物クイズを出します。高校生クイズって他局が年中行事として取り上げるほどの地位を確立しているイベントなんですね。

 さて、長く書いていませんでしたが、「日本2.0思想地図β3」をすでに読んでいます。クイズに関する論文の内容を紹介します。
 そもそもクイズは、アメリカが戦後占領政策の一環として持ち込みました。民主主義を普及させる手段としてクイズ番組が有効と考えられたためです。しかし日本ではクイズはアメリカとはまったく違う形のものになりました。
 ウルトラクイズによってクイズ研究会が隆盛になり、終了後にクイズ王ブームになる。そしてクイズマニアがスタッフ側にも入ることによる「共犯関係」と表記しています。つまり、ものすごく難しいようでいてクイズマニアが答えられる問題がわかっているので、超人的クイズプレーヤーという演出が可能になるのです。その中核がベタ問です。クイズプレーヤーの間では、暗黙のうちに共有するベタ問のデータベースがあります。これはクイズのコミュニティの外にいると接触できないものです。そしてもはや、クイズはテレビで万人に見せるようなものではなくなるのです。
 したがって、クイズがマニア同士で公民館などでやるような競技に矮小化されるのは必然の流れです。一方でテレビで通用するクイズは、極めて簡単な問題に答えられないおバカタレントを見せることと、学校で習ったことを出題するものだけになります。そしてテレビから離れマイナーなものになったクイズは、ベタ問データベースの把握を前提にした者たちにより、スーパーアクセント押しや勝負押しをして答えを当てるものになっているのです。
 この論文の主題は別のところにあるのですが、これは単にクイズの話をしたいところ、この本に載せるために無理やりこじつけたものと思われるので一切触れません。

 こうやって考えると、クイズマニアだけのローカル競技を改めてテレビの場で見せ物とするために、学校の要素を持ってきて、「このクイズができることは東大に入れることで、すなわち社会的に成功することだ」という理屈をつけて親の興味を引くことに成功したのがあの番組だということがわかります。

 ところで、上記の論文を読むと、当ブログまたは私がウィキペディアに書いたことを引用しているところがあります。

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