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2012年9月14日 (金)

クイズから考える(その2)

 横森良造が亡くなったそうですが、この人は高校生クイズに出たことがあります。第2回の関東大会で、5問目終了時に敗者から抽選で2チーム選んで、その2チームがジャンケンして勝った方だけ復活というのがあって、負けた方は罰ゲームで横森の演奏で校歌を歌わされました。勝った方は次の問題で落ちて「敗者はやっぱり敗者でした」という司会者の発言のみが全国放送で流れました。敗者復活が運で1チームとか、来る芸能人が横森良造だけとか、そもそも5問目終了時まで敗者復活戦があると言わなくても大半の敗者が残っているなんて今では考えられません。というかYES-NOクイズが5問目までいけません。

 それではトークセッションです。ヘキサゴンの解答はヤラセなのかということについて。つい数日前も、ヤフー知恵袋を読んでいたら、クイズ番組で各出演者が答えることは全部決まっているということを前提にした回答がありました。ネット住民で、大手メディアは全部ウソと思いたい人がたくさんいるということです。ヘキサゴンの問題を作っていていちばんおもしろかったのは、アナウンスクイズで「〆鯖」を山田親太朗が「アルファーさば」と読んだことだそうです。これを放送作家が台本で考えるのは不可能です。

 筆者はクイズマジックアカデミーなどゲームセンターのクイズゲームをやりまくっていて、これまでに新車を買えるくらいの金額を突っ込んでいるそうです。このトークセッションに、事前に論文を読んできた客は7割ぐらいです。結構入手困難だったようですし。
 クイズ作家がクイズにはまったきっかけは、父がアップダウンクイズ好きで、ハワイ獲得者にレイをかけるところで画面を下からのぞいていた。パンチラ目的だというのですが、それって前週の「タカトシの時間ですよ!」で初めて知ったネタではないか。当時、民放2局の宮崎に住んでいて、クイズ番組はほとんど放送されず、ウルトラクイズは途中の回が飛ばされたこともあったそうです。その後転勤で、アタック25や双六ゲームが見られるようになったということです。

 ウルトラクイズは海外旅行の一般化にともない内容がクイズにシフトして、クイズ研がクイズを攻略する要素が出てきたと言います。そして「なるほど!ザ・ワールド」などの番組とクイズ王番組に分化していくのですが、これらを筆者ではなくクイズ作家が延々と説明していきます。
 「1990年に、クイズ史にとって重要な転換点がありました。それは何でしょう」と筆者に聞きます。

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