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2012年9月13日 (木)

クイズ番組の歴史(その3)

 TBSラジオの広報誌である「954press」。今配布しているので博多大吉が、「たまむすび」で発言したことはすぐにネットに流されると言っています。確かに私も、住みます芸人の初年度は失敗したとか福岡のクイズ番組の賞品はすべてウソといったことを書きました。でも吉本はギャラの9割を会社が持っていくというのはまだ書いていませんよ。吉本はギャラは9割取られるがクイズ番組の賞金はすべて自分のものになるそうです。そういえば「オールスター感謝祭」で島田紳助が、このアイドルグループは賞金を事務所に取られると何度も放送で言ったことがありましたが、吉本と違ってかわいそうと思ったのか。

 それでは「タカトシの時間ですよ!」です。1976年に始まったドレミファドン。ここでは黒ヒゲ危機一発ゲームが有名になったという話です。発売当初は黒ヒゲを飛び出させた人が勝ちだったのに、この番組のイメージで負けに変わったというのは、トリビアの泉でもやっていました。
 1977年に始まったのが、世界で最も制作費がかかった番組です。ウルトラクイズの1回の制作費は1億円で、問題は2000問、移動距離は3万キロ、機材は4トン。最高視聴率は34.5%です。
 誰が勝ち残るかわからないので全員のチケットを取っていたため、キャンセル料だけで大変な額になると言っていましたが、私が聞いている話は、航空券を偽名でとって、勝者が決まってから変更するということでしたが。現在は偽名で予約など不可能になったのも、ウルトラクイズができない理由の一つです。あと、仕事を1カ月休むことになるため、挑戦者の会社とテレビ局の間で多数のトラブルがあったと言っていました。これは聞いたことのない話です。日本テレビはウルトラクイズを振り返るとき、そんなことは言わないでしょうし。

 次に1979年のヒントでピントです。中田敦彦が、スポンサーが象印ということだけ覚えていると言います。宮崎美子はデビュー直後に出て、象印製品をもらって生活が助かったそうです。ここでまたガッツ石松の話です。何をしているところでしょうかというモザイクのかかった映像を見て、セックスと答えたというのです。本当か? 都市伝説としか思えないのですが、テレビでこれだけ堂々と言うからには、裏を取ってあるんだろうな。

 次が1979年のクイズ100人に聞きました。第1回の映像があります。これの第1回が具志堅用高の家族と一般人家族の対戦だったことは覚えています。司会者がスタジオを歩き回ったり解答席にひじをついたり「あるある」と言ったり天の声が進行するのは、この番組から始まったということで、山里が、「この番組がなければ自分の仕事はなかった」。
 すでに0時43分になっていますが、ここで突然、巨大パネルがもう1枚現れます。まさかの2週またぎだったのです。この後、またガッツがセックス?

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コメント

 管理人は既に知っているかもしれませんが、1分間の深イイ話でウルトラクイズが取り上げられた際、1か月以上会社を休むことになる上位出場者が長期休暇を取りやすいように、クイズ時のトークの際に福留氏が出場者の会社の名前を大っぴらに公表して会社の宣伝を行い、出場者が会社を休みやすくした、という情報が出されました。

 そういえば、第9回のウルトラクイズで、長期欠勤のせいか会社をクビになった出場者がいましたね。

投稿: にっしー | 2012年9月14日 (金) 21時26分

確か、会社を辞めてから出場し、優勝した人っていましたよね。誰でしたっけ?

投稿: | 2012年9月14日 (金) 21時42分

 第2回の北川さんですね。

投稿: にっしー | 2012年9月14日 (金) 22時09分

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