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2006年4月17日 (月)

視聴者参加クイズの衰退(その1)

 訂正です。後輩に情報を与えるために高校生クイズの予選を回っている長野の人がいたということを書きましたが、静岡の誤りでした。天竜林業高校のOBでした。16回中部で天竜林業が準決勝まで残ったとき、司会者はこの学校名にずっと突っ込んでいて(プロレス中継をしていたから、天龍源一郎からの発想だろう)、バラマキクイズでこのチームが来るたびに「てんりゅ〜う〜」と叫んでいたのでした。

 さて、12年前の4月に、FQUIZにこんなことを書いていました。視聴者参加クイズがなくなっていくことへの考察です。長いので何回かに分けます。

−−−−(ここから当時の引用)−−−−

えー、クイズマニア論争があってからかなりたってしまいましたが、
視聴者参加クイズの衰退について私が思うところを書いてみました。
120行ほどあります。

先日の「オールスター感謝祭」は高視聴率でした。
半年に一度のこの番組は毎回、高い視聴率をとっていますが、
これをレギュラー化した「当って25%」は、当たらずに、25%どころでは
ありませんでした。これはなぜでしょうか。
「当って25%」で、「それでは予選落ちの人を見てみましょう」と言って
その人が映るとき、それが普通の素人だと、「それがどうした」という感じで
おもしろくない。たまにキャプテンのタレントが犠牲になると、
「あーっ、あいつが落ちてやがる」と、おもしろいわけです。

ここには、テレビの歴史が40年を数えることによる必然的な現象が含まれて
いるように思います。
一つは、芸能人が、われわれにとってそれほど遠い存在ではなくなってきたと
いうことです。
テレビの中では演技をすることが嫌われ、タレントがどんどん「地」を
見せるようになってきました。
彼らが5万円程度の賞金でも本気で喜んでいるのを見ると、
私たちには、芸能人と言ったって、それほど自分より生活レベルが
高いわけではないんだなということがわかります。
したがって、芸能人の出ているクイズ番組を見るのは、
自分の知り合いが出ているのを見るのと同じ感覚になってきたわけです。

その一方で、素人にも、テレビカメラの前ではパフォーマンスが
求められるようになってきました。
生まれたときからテレビを見て育った若者たちは、
自分も人前ではおもしろいことをしなければいけないと思っています。
だから、素人だからといって、ただ緊張してテレビに映っているようなのには
「つまらない」と拒否反応を覚えるようになりました。
芸能人が視聴者にとって身近な存在となった一方で、
他の一般視聴者がテレビに出ていても、
「誰だか知らない」ということで、かえって親近感がわかなく
なってきているのではないでしょうか。
視聴者参加のノーマルなクイズ番組が失われていったのは
そういうところに原因があると思われます。

−−−−(ここまで)−−−−

 これはクイズ番組に限りませんね。「キスイヤ!」が終わって「芸恋リアル」になるのが象徴的です。キスイヤでは、本当なのか疑わしいようなすごい状況にいる素人たちが登場しましたが、結局、若手芸人に恋愛ものをやらせる方が視聴者が食いつくだろうということですね。タイトルに「リアル」とついているのがなんか皮肉な感じがしますが。

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