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2005年10月31日 (月)

20回全国大会

 前回、20回全国大会の文章がないと書いたら、早速送っていただきました。北海道大会がまだ終わっていませんが、こちらを先に載せます。
 読んでわかったのは、それについて単独で書いたのではなく、コメントのような形で断片的に書いていたということです。どうやって会場をつかんだのかということは20回中部と近畿の番組(その1)に書きましたので、その続きです。

−−−−(ここから当時の引用)−−−−

今回見たのは、日野春駅と鯨波駅前の海岸と土合駅です。数日前に書いたように、
「鉄道ダイヤ情報」という雑誌に、FIRE号のダイヤが載っていました。日野春・
鯨波・浦佐で客を降ろして土合で乗り込むということも確認できます。8月14日に
夕刊をつくってから「あずさ」に飛び乗って、どこかでFIRE号を抜かしました。
日野春のセットは駅前駐車場につくられていましたが、駅の外からは見られない構造
になっていたため、ずっとホームにいました。するとなぜかプロデューサーがホーム
に上がってきました。きっと「ホームで何かメモしている不審な人物がいるぞ」と
思ってやってきたら「ゲッ、大前じゃないか。なんで毎年、全国大会の会場がバレる
んだ」と思って引き返したのでしょう。ちなみにここでのクイズのタイトルは、収録
時は「勝ってGO! 3人出会い早押しクイズ」でした。タイトルが変わるのはよく
あることです。過去には、収録時と事前番組と本とでそれぞれタイトルの違うクイズ
もあります。

さて、私は日野春から甲府に戻って、午前2時ごろの「アルプス」を待ちます。さら
に午前4時過ぎの塩尻で「ちくま」に乗り換えなければなりません。長野で直江津
行きの始発電車を待ちます。ろくに寝られません。これでも鯨波に着くのはFIRE
号より40分ほど遅くなります。しかし近似値の最中で、クイズは最初から見られ
ました。8回のウルトラクイズのハワイと違って、通過クイズがあったため、少なく
とも全チームに2回は解答のチャンスがありました。でも、浦佐で行われていた
クイズでは挑戦権が与えられず終わったチームがいるようですね。

その浦佐ですが、FIRE号より先に着いて待ち構えていたのですが、駅でクイズを
やることなく、バスでどこかへ向かいました。さすがにその宿泊場所はわからない
ので一旦東京に帰りました。翌朝、高崎線の始発電車に乗って土合に向かいます。

私が予想した通り、やはり全国大会で放送されない部分がありました。あのおにぎり
の後、敗者復活戦があったようなのです。これが、テレビ雑誌でさんざん紹介されて
いた「家族を笑わせたら復活」というやつでしょう。つまり今年の全国大会は敗者
復活が3回もあったことになります。ここで復活したのが石橋高校です。そして土合
でのクイズを前に、階段の下から解答席までの駆け上がり競争がありました。ここで
石橋高校がトップにならなければ敗者復活を認められないというものです。そして
最初に戻ってきたのは東大寺学園でした。この企画、実は心拍数を下げさせないため
のものだったわけです(この時点ではルールは発表されていない)。これに見事に
引っかかった東大寺学園は、いつまでたっても解答権が得られません。クイズは、
最初に解答権が復活した神奈川工業が着々と正解を続けて独走態勢になります。
ところが制限時間の30分が終わると、いつの間にか東大寺学園がトップになって
いました。私はこの時点で東大寺学園の優勝を確信しました。先日書いた決勝の予想
は、東大寺学園10ポイント、神奈川工業8ポイント、川越4ポイントだったの
です。川越高校なんか、まったくノーマークでした。

この後、普通列車で東京に向かったら、渋川でFIRE号に追いつきました。車内で
準決勝の前半をやっていました。扉の上の電光掲示板には、残っている4チームの
名前が流れていました。そして終着の品川に先回りして(団体列車なので運転停車が
やたら多くて、簡単に追い抜ける)、最後に落ちたのが加治木高校であることを確認
しました。私が見ていない準決勝で川越高校はあんなに点を取っていたんですね。

日野春で、「僕は東京でズームインがありますので」と言って去りました。こう
言わないと次の会場がバレるからだろうと思っていたのですが、本当に翌日も翌々日
も福澤アナはマイスタでズームインをやっていました。鯨波も土合も、そんなことを
やっていたら絶対に行けないところです。ある筋の話では「福留時代は『高校生
クイズがあるからその場所でズームインをやれ』とネット局に言う権力があったが、
福澤ではそうはいかない」とのことですが、今回はむしろ、ズームインを理由にして
わざと中抜きしたと考えるべきでしょう。一昨年から予選でやっていることを、つい
に全国大会でもやるようになったのです。その理由はわかりますね。はっきり言うと
福澤アナはおそらく今年限りだろうということです。これはもちろん、信頼できる筋
からの情報をもとに書いています。今の情勢だと、なし崩し的に司会が羽鳥アナに
なりそうですね。

−−−−(ここまで)−−−−

 鉄道ダイヤ情報は、当時は弘済出版社から出ていましたが、鉄道新聞社に名前が変わりました。
 タイトルが3回変わったクイズというのは、6回中部の準決勝で、中部大会の番組では「ザ・皿ダ・見えニュー・バラマキクイズ」だったのが、日本テレビの事前番組では「皿ダ・メニュー・バラマキクイズ」になって、本では「皿バラマキクイズ」になっていました。
 急行アルプスが廃止されたので、今このような全国大会をやられたら追跡は不可能です。
 鈴木アナは20回関東では抽選会の司会をしていましたが(当時から、残っている敗者への配慮が行き届いていた)、翌年からメイン司会になるとは想像できませんでした。

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